イズミズム -日記版-

地域活動家やライターとして活動する泉光太郎の日々を綴る日記ブログです。発信分野は問わず発信します。少しでも僕のブログを通して地域や社会について一緒に考えていけたらなと思います。ぜひお読みください。

今日から本格的に仕事はじめ

2019年1月5日(土)

今日はどこの地域でも賀詞交換会が行われていたようだ。

栄区でも同じように行われてみたいだったが、栄区で活動する若者は呼ばれることはなかった。

 

Facebook で「なんでいないのぉー?」と声をかけてくださった時はうれしかったし、感謝したい。

来年は自分も招待されるように、結果を残せるように精進したい。

 

とはいっても、賀詞交換会が何をするイベントなのかを知らなかったので、今年はそういう意味ではよかったかもしれない(笑)

ちゃんとイベントには意味があるので、まずは理解をして来年に期待したい。

 

本日は午前中は溜まっている書類たちの整理、書ききれていない記事の編集をしたあと、午後からは大学の実習報告会に行き、夜にははオンラインサロンでつながった人が新しいビジネスするためのお手伝いとして、打ち合わせという感じ。



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昨日から仕事始めの方が多かったみたいだが、僕は今日からスタートとなった。そうはいっても、大晦日や元日も時間を見つけては仕事ばかりだったので、僕のなかでは初仕事という感覚ではなかった。

 

大学の実習報告会では正直まだ実習先での記事が出来上がっていないところもあったが、報告をし、デジタルメディアやフェスづくりについて学んだことをお話したら、僕より前に発表していた人たちは先生にボロクソ評論されるなか、僕にはノーコメントだった。

 

評論されたりしたりするのは、好きじゃないというのは自分の信条というところから準備した資料以外のところも話してしまったが、これはいい意味での想定外。

 

他の学生からのコメントもあったが、これには少し不満があった。

 

「彼はたぶん、私たちと違うからいいと思う。まぁ、天才というか、優秀というか。」

 

今年に入って一番ムカついた言葉だった。

どうして、人は自分と圧倒的に違うもの見てしまった時に「天才」とか「優秀」っていうひとまとめした言葉を言うのだろうか。

 

確かに、自分では叶わないし、全然違う生き物だと思うことは事実だし、自分だってそんな経験はたくさんあった。

 

でも、大事なのってそれでも「自分ならこうする」とか「もっとこうしてみたら?」とか言う攻めのコメントをしていくことではないだろうか。

 

大学の授業やコミュニティに入ると、よくこの感覚に陥ってしまい、よくこれで大学を辞めることも考えてしまったことある。

 

僕だって大学の外に出たら、底辺扱いのヒヨッコだ。どこであろうと自分の考えに対して「甘い」という大人や同じ世代の人たちに言われてきたいたから、今回大学でこんなことになってしまったのは自分のなかでは危機でしかなかった。

まぁ、そういう意味ではもっと自分はどこまでもいけるという可能性も感じれたわけで(笑)

 

自分が尊敬する人物の一人で、幻冬舎見城徹社長が言うのは「自己検証・自己嫌悪・自己否定」である。

 

常に、新しいこと、カオスなところに臆することなく飛び込み、自らを試して、成功や失敗に限らず、自分を嫌うことをし、今の自分を否定し、より高く新しいところにいる自分に出会うという考え方だ。

 

よくあるポジティブシンキングよりかはこっちの方が僕は合っていると思っている。

友達にはそんなことしても生産性ないよとか言われるが、ここに関しての生産性があるかどうかは自分が決めることだし、合わないなと思ったら変えるのも自分である。

 

とりあえず、今日は仕事始めでもあったが、自分が感じたのは、自分にとって合う環境は何か発したとき受け止めてもらうより、跳ね返ってくる、もっと言えば倍返ししてくれるような環境が己を高め、周りのエンパワーメントにもつながると考えた。

 

何か周りに影響与え続けて、その周りが僕を殺すくらいのものになれるようなくらい僕は自分自身をもっと高めていく。

 

大学の生ぬるい人間関係や空気なんて糞食らえだ。


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最後に、突然ラーメン食べたせいか胃を殺めてしまったようだ。

 

明日は一日かけて、新年の計画をしていく。

 

おわり